「エフタスコーレ」を知っていますか?
思春期の多感な時期、たくさんの悩みがあるのは世界共通。デンマークには高校に上がる前に1年間、親元から離れて仲間とともに暮らしながら学ぶエフタスコーレという学校があります。10年生(15〜17歳)をエフタスコーレで過ごす子が多く、デンマークの9年生の卒業生のうち4分の1にあたる3万人が現在通っていると言われており、珍しい学校ではありません。(デンマークは9年生まで国民学校で義務教育、その後10年生を選択することができます。)
生徒や保護者にとっては、一生に一度の思い出という位置付けでもあるというこの「エフタスコーレ」とはどんな学校なのか?
今回は、エフタスコーレで先生をしている日本人のトモミさんへのインタビューをさせていただき、「エフタスコーレはどんな学校なのか?」「エフタスコーレの先生はどんなお仕事なのか?」をお伝えします。
*このインタビューは2019年9月に実施させていただいたものです。
(筆者の怠惰により公開が大分遅くなってしまいました。申し訳ありません。
世界で新型コロナウイルス感染拡大し収束後の社会を考える上で多くの人にこの学校のコンセプトを知ってほしいと思い、公開させていただきます。)
トモミさんのご紹介
トモミ (Twitter @tomomi_dk)
大阪大学外国語学部デンマーク語専攻卒業、教職課程終了後、デンマークへ。自由教育大学卒業。在学中よりエフタスコーレで教員として勤務。✳︎在学中よりエフタスコーレ教員として勤務。現在教員5年目。オーデンセ市在住。
エフタスコーレってどんな学校?
―エフタスコーレとは生徒にとってどんな学校でしょうか?
自分がどう生きたいかを考える場所
エフタスコーレには、親以外の大人や同年代の生徒との共同生活を通して、「自分はどういう人間なのか」「自分はどんな人生を送りたいのか」と自分自身に問いかけ、模索することが学びであるというコンセプトが元々強くあります。これは人生の学校ともいわれる成人向けのフォルケホイスコーレと同じ思想を汲んでいますが、エフタスコーレは義務教育も兼ねているので、教科の学習もしながら、生活面での学びや、個人面での成長過程に重きが置かれています。(義務教育の高学年を、地元の学校の代わりに選択できるシステムとなっています。)デンマークの教育システムが15,16歳の生徒たちに人生について考えさせているという面もあります。
デンマークでは、義務教育を卒業した後の学校が5~6種類あります。大学進学を前提に大学入学に必要な単位を取るための高校(ギムナジウム)から、専門的な職業学校まで分かれています。つまり高校入学時点で、「自分がこれからどう生きていきたいか」考えさせる環境、自分で選択しないといけないという状況があります。
生徒がエフタスコーレを選択する理由は様々ですが、義務教育後の進路を決める前に「将来何をしたいか」「自分は本当は何が好きなんだろうか」「私はどういう大人になりたいのか」など、「自分」についてじっくり考えたいと来る生徒は多いです。子供でも大人でもないこの時期に、この「自分自身」としっかり向き合うことをエフタスコーレは大切にしています。
自分は社会の中で生きている、その意味・大切さを体感する場所
デンマーク語に "fællesskab" という単語があります。英語ではtogetherness、communityとも訳されますが、人とのつながりやみんなの中で自分も生きているという感覚を指します。「他の人と助け合いながら一緒に暮らしていることは素晴らしいことだ」と思う体験は、みんなで高い税金を納めて助け合って社会を作っているというデンマークを反映していると思います。さらに、作り上げてきた福祉システムを維持するために、税金を納める良き国民を育てる意味も持っているのではないでしょうか。
また、社会を俯瞰してみると、この "fællesskab" という感覚は合理化が進み、あらゆる社会の制度が整備されたデンマークの現代社会で、人間くささなど人間同士のつながりなどが逆に求められているという背景も感じます。この fællesskabを 肌で感じたいから、というのも生徒がエフタスコーレを選択する一番大きな理由の一つです。
エフタスコーレの施設を利用したイベントに参加した際に筆者撮影 |
―生徒はどんな風に暮らしているのですか?
基本的に授業は、国民学校で教えられている科目と同じで、国が定めたカリキュラムに沿っています。寄宿制なので、定められた科目の授業以外にたくさんの時間があり、その時間は、それぞれの学校が決める特色のある授業やアクティビティに当てられます。エフタスコーレはデンマークに300校ほどありますが、ひとつとして同じエフタスコーレはありません。音楽やスポーツ、アートなどそれぞれ力を入れていることがあって、それぞれの学校でその特色が強いアクテビティや行事が多く用意されています。生徒は自分の興味や関心がある分野のエフタスコーレを選択するので、趣味の合う仲間とも出会いやすいです。
私の学校は、科目教育にもフォーカスしているので、数学ではレベル分けをしたりもしています。それでも、自分にとって、自分にあったレベルの授業を受けることが重要ということも生徒たちは十分理解しています。だから、クラスの上下で競争心や劣等感を持つことはあまりないです。
ー日本と比べて全体としてデンマークの学校にはどんな特徴があるのでしょうか?
デンマークでは、科目内での単元ごとに生徒が達成しておきたい共通目標が3年ずつ(日本だと小学校1〜3年生、4〜6年生、中学生の区切り)で決まっているだけなので、先生の自由度が高いです。日本のように指定教科書があったりする訳でもないので、先生たちが独自に課題をつくったり、その学校の科目の先生たちで相談して楽しい教材などをつくっていますね。―先生を信頼しているとも言えますね。
そうだと思います。だから、先生たちも自由度が高い分、責任感も強くなるし、嫌々先生をやっている人は少ないと思います。
―エフタスコーレの良いところはどんなところだと思いますか?
何といっても、対象としている年齢ですね。多感な時期である思春期は人生にとって大事だと思っていますが、親以外の大人の人たちと密に関われる機会は非常に有用だと思います。親以外の親とも言える大人が先生な訳ですが、先生との緻密な関係から学べることは多くあると思います。科目を教える先生と生活指導など生活の面倒をみる先生が同じで、寮母さんなどは基本的にいません。だからこそ、先生が親代わりになります。多くのエフタスコーレでは、10人前後の生徒から成るコンタクトグループという制度を作っていて、そこに担任の先生がつきます。なんでも話せる先生として、非常に親しくなりますね。
それから、同世代の仲間が得られるということも大きな魅力だと思います。同じエフタスコーレを選んでいるので音楽が好き、サッカーが好きなど興味関心が似ている同世代と100人~150人で一緒に住んで、笑いながら泣きながらたくさんのことを学びます。
「子供をエフタスコーレに入学させると、大人が帰ってくる」と言われるほど、生徒の人間的な成長が顕著に見られ、保護者にも人気の選択肢です。また掃除、料理、洗濯など身の回りのことも友達や先生に助けられながら、自分で責任を持ってすることになるので、生活面での成長も大きいと思います。
エフタスコーレの施設を利用したイベントに参加した際に筆者撮影 |
エフタスコーレの先生ってどんな職業?
―エフタスコーレの先生は、普通の学校の先生と違うのでしょうか?
私は日本の大学を卒業した後に、デンマークの自由教育大学という教員養成大学を卒業しました。これが資格といった感じでしょうか。デンマークでは特に資格という概念はないですが。この大学は、エフタスコーレ・フリースコーレ・フォルケホイスコーレといったデンマークの小学校から大学までの教育課程とは別にある学校の先生を養成する国内でも変わった大学です。この大学はカリキュラムがおもしろくて、5年制で最初の2年間は理論も勉強しながら基礎を学ぶ。その間に1ヶ月ずつ実習にも行ったりします。そしてその次の1年間はフルタイムでエフタスコーレ・フォルケホイスコーレ ・フリースクールのどれかにフルタイムで働く。3年で辞めても働くこともできるのですが、その後大学に戻って2年間、フルタイムの1年間の経験を元に、もっと大学で学びを深めるというカリキュラムになっています。
―ともみさんは何を教えているのですか?
私は数学と選択授業として、音楽、日本語、ハンドクラフトなどを教えています。年度によって受け持つ科目が変わったりします。―そんなにたくさんの教科を教えているのですね。
デンマークの先生は複数の教科を教えられることが普通です。数学、英語、デンマーク語のうち2つ以上持っている人は多いですね。私は英語、数学、音楽、デザイン、メディアの5つを大学で取っていて、今は数学をメインで使っている形です。
―先生の労働環境としてはどうですか?
1年間の平均をすると、週37時間労働になるようになっています。(デンマークの平均労働時間は週39時間。)授業は90分授業を10コマ持っていて15時間。90分の授業時間の準備時間として90分労働時間が確保されていて、これは家でもどこでもやって良いようになっています。あとは、放課後や週末、夜の当番があったり、エフタスコーレはイベントが多いのでそのための出勤があったりします。
学校が開校している期間の労働時間は他の職業より長く感じるかもしれませんが、その分、休暇は他の職業より多くて、夏休み5週間と秋に1週間、クリスマス休暇に2週間、冬休みとイースター休暇に1週間ずつ、それにエキストラで自由に選べる1週間があります。
デンマークでは労働組合が強い背景があり、労働環境に関する制度はしっかりと構築されていると感じます。これは教師だけじゃなくてデンマークの全ての職業に言えることだと思いますが。
いつか日本にエフタスコーレを。
―どうしてエフタスコーレの先生になったのですか?
大学時代に学んだ「エフタスコーレ」という学校制度に惹かれたからです。私自身が中学生の時、大学受験だけを見据えた進学校にいて「学校とは何なのか」悩んだ時期がありました。だから、自分が中学生だった頃こんな学校があればどんなに良かっただろう、例えば今の日本の若い子達の選択肢の一つに「エフタスコーレ」があればどんなに良いだろう、と強く思ったのが私の原点です。いつかどんな形になるかはわかりませんが、日本に持って帰りたいという気持ちがあります。―日本にエフタスコーレを持ち込むとしたら…何が課題になりますかね?
「お金」が一番だと思いますね。デンマークのエフタスコーレでは、政府が学校予算のほぼ半分以上、補助金を出しています。 個人の負担は、学費、寮費、食費、修学旅行費含めて1ヶ月14万円くらい*ですし、親の収入によって変動します。(*物価を考えると日本での7万円くらいの感覚)
これが払えない家庭でも、その子にとっての必要性が認められれば基礎自治体が払ってくれるため、お金持ちだけの学校にならないようになっています。
とにかくデンマークでは公的支援が多く、家庭の経済状況に関わらず、学校を選択することができます。
エフタスコーレでは、目に見える資格は何も取れませんし、このエフタスコーレのコンセプトに魅力を感じるのか?という問題もあると思います。
10年生を選択することや、ギャップイヤーを取ることもこちらではとてもポジティブなイメージとして捉えられますが、日本では遅れる感覚がある人もいるでしょう。その中で、受け入れられるかですね。
エフタスコーレやフォルケホイスコーレが、近代化するデンマークの歴史の中で生まれ、社会に根を張ったように、日本の学校システムや文化も根強い歴史があっての今の形だと思います。
全く異なるフィールドにあるエフタスコーレをそのままの形で持って来てフィットさせることは不可能だと思いますが、こういったコンセプトの学校での学びを必要とする思春期の子供たちは、デンマークと同様日本にもたくさんいるのではないでしょうか。
―まだ時期とかは決まっていませんか?
まだまだ何も考えられていません今の、 エフタスコーレの先生にやりがいもあります。
「人生変わった」と本気で言ってくれる生徒もいますし、生徒と深く関わります。
先生が完璧な人じゃなきゃいけない訳でもなくて、先生も人間。
これからどうするか決めていない先生も、それをそのまま伝えてある大人の人生を見せる。そうやってインスピレーションを生徒たちは得ていきます。
一緒に勉強して、成長している感覚でやっています。
―いつかトモミさんが日本にエフタスコーレのコンセプトを持って来てくださるを期待しています。ありがとうございました。