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大学生たちが現地よりお届けします。

スウェーデンの性教育ー公的機関による性教育と性に関するケアー


今回の記事は、スウェーデンのルンド大学に留学し、社会保障や開発学を学んでいたゲストライターの伊藤花さん。同じルンド大に通っていた小林瑞歩さんの記事(スウェーデンの性教育団体"Projekt Sex"に入って気づいた日本の現状)とはまた少し異なる、ユースクリニックという公的なシステムの側面から見た、スウェーデンの性教育についてです。


まずはこの動画をみてください(3分以下の短い動画です)。
※日本語字幕のバージョンを載せているので、消音でもご覧いただけます。


今の日本に欠けている性交渉における「同意」という概念の大切さが、この短い動画の中でわかりやすくまとめられています。

日本では、父親による19歳の娘に対しての性虐待について、名古屋地裁岡崎支部での判決が物議を醸しました。意に反する性行為であったと認めた上で、父親には無罪判決が出されました。暴行や脅迫、心神喪失または抗拒不能という厳しい要件を満たさなければ、被害者の意に反した性行為も性暴力とは認められないという判断だそうです。
(判決についてわかりやすくまとめられている記事を引用しておきます https://news.yahoo.co.jp/byline/itokazuko/20190411-00121721/ )  

スウェーデンに交換留学中の私がこの動画を知るきっかけとなったのは、スウェーデンのユースクリニックという機関への訪問。
“Swedish Social Work” という、スウェーデンの様々なソーシャルワークについて学ぶ授業のフィールド・トリップの一つとしての訪問でした。この授業は私が留学中に履修した中で、一番印象に残り、一番学びが多かったと感じた授業です。約10回のフィールド・トリップを通してソーシャル・ワークに携わる様々な機関を訪問しました。さらにその中で最も印象に残ったのが、このユースクリニックでした。

そんなユースクリニックについて、今回はに関わるサポート機能に焦点を当てて書いていきます。

※以下は私が訪問したルンド市にあるユースクリニックを中心書くため、すべての内容がスウェーデン全国に当てはまるとは言えません。

ユースクリニックとは  

 ユースクリニックとは、地方自治体(コミューン)により運営されている若者を対象とした公的な医療機関です。スウェーデン全国に約270カ所設置されており、12〜13歳から20〜25歳の若者を対象に、性や健康、メンタルに関わるケアをほぼ無償で提供しています(年齢制限や費用は場所によって異なる)。すごいことに外国人も対象だそうです。  

一般的にユースクリニックとして知られていますが、クリニックとしての病院機能、ユースガイダンスセンターという相談機能、さらに学校との連携により教育機能も果たしています。

助産師や看護師、産婦人科医、臨床心理士などがスタッフとして働いています。まだ少ないですが男性看護師も増やそうとしているようです。

提供しているサービス  

ユースクリニックが扱う分野は以下の3つ。
①Reproduction…性交渉や妊娠・避妊に関すること
②Sexual problems…性別やジェンダーに関すること
③Mental health…メンタルに関すること
そのほかにアルコールや摂食障害など、若者の心と体の問題を広く扱っているそう。

サービスとしては以下のような例が挙げられます。
・上記の分野における診療
・カウンセリングや相談 ・緊急避妊薬を含む避妊具の無償(または安価)提供
・性教育

具体的には、自分の性に悩む性的マイノリティの相談、性欲や性交渉についての悩みの相談、性暴力の被害者のケア、低用量ピルの処方など。女の子だけのための施設ではなく、若者全員を対象にしています。

診療や薬の処方、カウンセリングなどには予約が必要です。受付時間のようなものはありますが、レイプなど緊急の対応が必要な場合はその体勢も整っているようです。

ユースクリニックが提供する性教育とは  

自発的に相談に来る若者たちの疑問に答えることや、学校訪問や学校の授業の一環としてのユースクリニック訪問の際の性についてのレクチャーなどを通じて性教育を行なっています。

どのようなレクチャー?

レクチャーで教わる内容は、
・性交渉における「同意」の概念と性的暴力
・性感染症の危険や避妊に関する知識、またそれらを知っていることの大切さ
・セックスの仕方や気持ちよく感じる仕組みなど、性行為自体についての具体的な知識 など。  

その教え方もびっくりするくらい具体的です。ぬいぐるみのような性器の模型を使っていたり、日本の保健の授業では耳にさえしないようなセックスに関する様々な用語や話をオープンにしていたり。  

おもしろいなと思ったのは、レクチャーのコンテンツの一つである「性に関する質問タイム」の形式です。自分からは聞きにくいけれど実はみんな疑問に思っているような質問が1つずつ書かれた紙を用います。それをくじ引き形式で引き、順番に読み上げみんなで考えたり答えを教えてもらうというアクティビティです。いくら教える側がオープンでも、やはり子供たちは自分から質問するのはためらうよう。それを見越したのが単なるQ&Aではないこの方法!

そしてその内容もシンプルなものから驚くほど具体的なものまであります。例えば「恋人にセックスをしたいと伝えたが断られた。どうすればいい?」とか、「精液を飲み込むと妊娠するの?」とか、「生殖器の大きさや形は人によって異なるのか?」とか。  
 日本では授業ではおろか話すのさえタブーと思われてしまいそうな内容、しかしそれだからネットや友人からの何が本当かわからない情報から学ぶしかない内容。日本の性教育とのクオリティや深さの違いに驚きました。  

また、そのレクチャーの際に生徒たちに必ず見せているというのが、記事の冒頭で見ていただいた “Tea Consent” の動画。性交渉における同意の概念を重視していることが伝わりました。

レクチャーで使われていた親しみやすい(?)素材の模型 https://www.dailymail.co.uk/news/article-2551597/Outrage-sex-education-pupils-Switzerland-given-soft-toy-penises-vaginas.html


アクセスのしやすさにつながる特徴 

①ほぼ完全なる守秘義務
…家族や学校にも知られずにサービスを受けられます。賛否は別として、本人が希望すれば中絶さえも保護者に報告されることなくできるそうです(ただしさらなる犯罪などの可能性がある場合は報告が義務付けられているそうです)。

②ほぼ無料でサービスを受けられること
…コンドーム、低用量ピルやアフターピルの処方、中絶を含む診療・治療など、すべてのサービスが基本的には無料で提供されています。基本的にはというのは、自治体によって年齢によっては多少の費用負担が必要なとこともあるからです。しかしそれでもかなり安価に提供されるようです。

※スウェーデンでは通常の医療機関での診療や医薬品も基本的に無料ですが、ユースクリニックでは避妊具やピルさえも無料なのです。(世界ではピルを市販する国も多くありますが、日本ではピルには保険が適用されないことも多く、扱うクリニックすら限られています)

③ユースクリニックという存在の周知の徹底
…ユースクリニックが提供するレクチャーは、95%の学校が利用しているそうです。レクチャーを受けてユースクリニックの存在を知り、悩んだらいつでも来ていいのだとほとんどの若者が知っているということです。  


 ※若者の悩みや疑問の様々なトピックに関する、政府出資のオフィシャルな情報提供サイトもあります。(英語を含む6ヶ国語に対応) https://www.youmo.se/en/
 

日本の状況と比べてみて思ったこと 

まずいちばんに思ったことは日本の性教育の不足です。性行為の同意についての考え方、性感染症や避妊の知識など、学校という場でオフィシャルな情報を知ることはとても大切だと思います。私は学校の保健の授業で簡単な性教育は受けたけれど、語ることにも聞くことにも抵抗がある日本では、生物学的な事実を述べ、さらっと通り過ぎることが多い気がします。学校にもよるだろうし現在は昔よりは少しずつ改善しているかもしれませんが…。
さらに真偽のわからない情報があふれているネットや、友人や先輩などが情報源になっていることもまだ多いようです。

18歳意識調査「第6回ーセックスー」調査報告書(2018 日本財団)
https://www.nippon-foundation.or.jp/app/uploads/2019/01/new_pr_20181218_02.pdf

しかし性についての誤ったイメージや情報、通説が信じられていることで、傷つく人がまだたくさんいます。正しい知識を広めるには、性教育を充実させることが大切ではないでしょうか。 またピルの認知度や普及度の低さ、アクセスのしにくさなども大きな問題だと感じます。  

日本はかなり遅れているということを理解して、もっと進めていけるといいなと思いました。日本でもアフターピル市販化の動きなどはあるようですが、もっと柔軟に改善のスピードが上がらないものだろうか…ともどかしく思います。

【おまけ】  
ここまで良い面ばかりを述べてきました。スウェーデン完璧ーー!すごーー!と思うかもしれません。しかし、もちろんスウェーデンも問題を抱えています。  
例えば需要に対するスタッフの不足。学生都市(ユースクリニックの対象者が多い)であるルンドでは予約を取るために、心理カウンセリングは約4ヶ月、低用量ピルの処方は3〜4週間もかかるそうです。もう一つの大きな学生都市ウプサラは、これを理由に年齢の上限を21歳に引き下げたそうです。また無償のサービス提供には国の財政負担が伴います。  
まあこういう機関がないよりは全然マシだけどね!!と、元には戻ってしまいますが。  

日本では性を話題にすること自体が文化的にタブーだから…とかそういうことではないと思います。スウェーデンでも家族で性が話題になることは少ないそうです。だからこそ公的なシステムとして充実してることが大事なのではないかと思います。

まとめ  

今回はユースクリニックへの訪問を通じてわかったスウェーデンの性に関するケア・サービスと性教育の、日本よりはるかに進んだ状況についてまとめました。  

ユースクリニックは福田和子さんの「#なんでないのプロジェクト」などがきっかけで日本にも紹介され、取り上げられていました。しかし最近はその盛り上がりも落ち着いてしまったように感じます。  

しかし日本では今も性のケアや性教育を進めようと頑張っている人たちはいます。様々なメディアやNGOなどが啓発活動をしています。ピルの販売や性犯罪に関する法律も、ゆっくりですが改善されつつあるようです。  

スウェーデンも1950年代には今の日本のようにまだまだ遅れていました。1970年代に大きな性感染症が大きな問題となり、女性政治家の力もあり、法制化が進んだそうです。だから、スウェーデンが昔からそうなんでしょ、日本とは違うよ…というわけではないのです。もちろん日本とスウェーデンは違う国で、そのまま真似するべきだとは思いません。しかしこのトピックについては学べることはたくさんあるのではないでしょうか。それにスウェーデンは社会の問題認識やその力で変わったのだから、日本も変われると思う。  

性に関する内容をためらいもなく話したり書いたりできるのってなんか…とか思う人もいるかもしれません。(これだけ書いている私も性のトピックについて話すのが得意なわけではないため、こうして書いています)  

しかしもっとたくさんの人たちが性について知り、その大切さや日本の現状を理解し、それを改善するスピードアップのパワーになるといいなと思い、この記事を書きました。


レファレンス

https://news.yahoo.co.jp/byline/itokazuko/20190411-00121721/ 
・Youmo (https://www.youmo.se/en/)
・日本財団(https://www.nippon-foundation.or.jp/app/uploads/2019/01/new_pr_20181218_02.pdf
・写真 https://www.dailymail.co.uk/news/article-2551597/Outrage-sex-education-pupils-Switzerland-given-soft-toy-penises-vaginas.html

この記事を書いた人
伊藤 花
慶應義塾大学法学部政治学科
スウェーデンのルンド大学に1年間留学。 大学での専攻は国際政治。主な関心分野は国際協力、教育、ジェンダー。 スウェーデンでの1年間の交換留学で、性問題への関心も高まった。留学中は社会保障分野を勉強。