わたしが生きたい社会ってどんなだろう?
そのヒントは、北欧にあるかもしれない。

わたしたちが北欧で見たこと、感じたこと、そして、語りたいこと。
大学生たちが現地よりお届けします。

”Break the norm!"ジェンダー理解のためのワークショップレポ

私の留学の目的の1つが北欧のジェンダー理解を体感するということ。

色々な形で体感できたと思っていますが、今回はAIDS foundationというデンマークのジェンダー活動団体のワークショップ”Break the norm!"についてお伝えします。
AIDS FondetのHP 



AIDS foundationはコペンハーゲンに拠点をおく、性的マイノリティの当事者たちによる団体です。性的マイノリティについてのより良い理解のため、教育活動にも熱心に取り組んでいます。私は大学の授業の中のフィールドワークとしてこの団体を訪問し、ワークショップを受講しました。

この団体の性的マイノリティについての教え方、ちょっと特殊です。
性的マイノリティのことを学ぶのではなく、”Break the norm"つまり既成概念を壊すことを学びます。
ワークショップの内容を通して、「性的マイノリティをどう理解するか」をみなさんも考えてみてください。


〈紙を箱に投げ入れて〉

「みんな集まって。その紙はあなたの既成概念です。今日は既成概念を捨てましょう。その場所から丸めた紙をこの箱に一斉に投げ入れてください。」

一通り団体に関する説明を受けたあと、「これからワークを始めるよ」と言われ、白い1枚の紙を配られました。
何か書くんだろうなと思い、みんながペンを用意して待ち始めます。

そのときファシリテーターが言ったのが、冒頭の指示でした。
入りからぐぐっと引き込まれる構成なんですよね。
難しいことを理解させるためのアイデアが多様なデンマークの一例だと思います。


30人ほどの参加者みんなが集まり紙を一斉に投げると、当然のように紙はばらばらの場所に落ちてしまいました。
「あんな小さい箱には入んないよねー、まあ既成概念(=紙)は捨てたしいいのか」
なんてお互い言い合います。

感想を求められると、後ろのほうにいた1人が「前の人で箱がよく見えなかった」「距離が違うから後ろの人は入れづらい」と言いました。

その意見にはっとしました。自分含め多くの人がこのとき、他の人を気遣うなんてことは考えていなかったんです。ふとしたときに相手に配慮することを忘れてしまう。相手に配慮するということは、簡単なことではない。
今日の約束事「既成概念の打破」を体で表現するという以外に、このことに気付かせることがワークのもう1つの目的だったのです。

〈既成概念を壊す〉


ワークショップでは性的マイノリティについては話しません。
自分自身のセクシュアリティに関する既成概念について話します。

性的マイノリティについて、当事者でない私たちが完全に理解することは難しいです。どんなに知識をつけても、知識不足は絶対に起こってしまいます。

知識だけでは性的マイノリティの人々を理解することはできない。そんなとき、必要な力は何なのか。
それは性的マイノリティの当事者の心情を「想像する」力です。
相手の立場を想像することができれば、相手の立場に寄り添うことができれば、知識が足りなくてもより良い関係を築くことができる。

このとき、自分の既成概念をいかに取り除いて、相手の立場を想像することに徹することができるかということが大切だと言います。
性的マイノリティには色々な種類のセクシュアリティがありますし、自分が持っている概念とは全く違う考えを持っている人も当然いる。だから、相手に既成概念を押し付けないということが何より重要視されるんです。

この考え方に基づいてAIDS Foundationは、ジェンダーに関する既成概念に気付かせ、相手に寄り添うためにどうしたらいいのか、を理解し実践するためのワークショップ”Break the norm!"を行っています。


〈相手を「許容」すること〉

1つ目に体験したのが、”I Torelate You”(私はあなたを許容します)というワークショップです。

お互いの違いを許容しあうことは、相手を受け入れるために私たちが当たり前のように行っていることです。
しかしその許容するべき「違い」は誰が規定しているのでしょうか?

また、「許容する」ということも、考えなければならないことはいろいろあります。
「許容する」ことと「許容されること」は何が違うのか?
「許容する」ことは常にいいことなのか?

ワークショップでは、2人1組になってお互いの容姿や身だしなみ、行動についてコメントしあいます。
まずパート1として、AさんはBさんについて良し悪しの判断をくださない中立の言葉でコメントします。
「あなたが今日茶色のシャツを着てるの、私は全然OK」
「あなたが眼鏡をかけてても私は大丈夫」
「あなたの髪色、私的には許容範囲内だよ」
それに対してBさんは必ず「ありがとう」と返します。

次にパート2として、AさんはBさんについて「あなたは○○だけどいい人だと思うよ、その○○はあなたにとっていいと思うし」というようなコメントをします。
例えば
「あなたは日本人だけどいい人だと思うよ、あなたにとって日本人なのはいいと思うし」
「あなた(女性)は髪がすごく短いけど似合ってると思うよ、あなたにとって髪が短いのは問題ないと思うし」
それに対してBさんは必ず「ありがとう」と返します。

お互い役割を交代したのち、どう感じたのか感想を言い合います。
一番驚いたのは「許容されることはとてもストレスを感じる」ということでした。「~~はいいと思う」という言葉は、否定ではなくどちらかと言うと認められる言葉をもらっているのに、認められている感じが全くしないんです。むしろ「気を遣われた」「間違って理解されているかも」といった気持ちがわいてきて、それをストレスに感じます。
それでも相手は私のことを認めようとして言っているわけなので、その善意を思えば「ありがとう」と返さなくてはならない、というところにも、もやもやを感じます。

許容するということは、否定よりはいい状況でしょう。しかし、許容する側とされる側には権力関係が生じます。それが、許容する側と許容される側の違いです。
許容する側にとって大事なのは、パート2のロールプレイ。一般的な(あるいはその人の)常識と照らして許容される側がずれているときです。そのずれを受け入れることを「あなたは○○だけどいい人だと思うよ、その○○はあなたにとっていいと思うし」と表現するわけです。

例えばこの発言「あなた(女性)は髪がすごく短いけど似合ってると思うよ、あなたにとって髪が短いのは問題ないと思うし」では、許容する側は「女性は髪が長い方がすてき」といった既成概念があると考えられます。しかし許容される側は髪が短いため、常識から外れている。
「普通と違ってもいい」と相手に伝えることは、許容される側からすると、「認めて”もらった”」権力関係で弱い立場に立たされるんです。


セクシュアリティの問題と結びつけてみましょう。性的マイノリティの人々は、性的志向がほかの人と異なっていたり、体と心の性の不一致により見た目と行動の不一致に違和感を持たれてしまうことがあります。それを否定されなかったとしても、「それでもいいと思う」と許容されるだけで、自分が弱い立場だと感じてしまうことがある。つまり力関係を生んでしまうことがある。それは想像以上に劣等感やもやもやを生むことだってあるんということ。

知識があるだけでは「私はわかってるよ、認めてるよ」という意思表示を性的マイノリティの人にしてしまうかもしれない。そういう想像力の大切さを、こんな簡単な会話を通したワークから感じることができました。


〈どんな可能性がある?〉

2つ目に体験したワークショップは、あるケースに対して4つの立場から意見や対応を考えるというものでした。
「小学生のボブは、走るのが遅くて走り方もちょっぴり変。女みたい、なんて言われることもあります。先生はボブに走り方を教える特訓をしてあげました」
ボブ、友人、先生、自治体など行政の4つの立場からこの状況について話し合います。

どのチームも「ボブはトランスジェンダーではないか?」という話がでます。この設定だけでは。彼がMtF(男性の体を持ち女性の心をもつ)のトランスジェンダーかは判断がつきません。そこで、彼のセクシュアリティについてどう対応すればいいのか、またどういう解決策をとることができるのか、場合分けをしながら各チーム話し合うことになりました。
私は友人のチームでしたが、「ボブがもしトランスジェンダーならそれを言い出せる環境をつくらないといけない」「ボブのセクシュアリティに関わらず、『女みたい』という発言をしないようにする必要がある」など、いろいろな場合を想定しながら議論をしました。

この対応に正解はありません。しかし性的マイノリティかもしれない1人の人間に対してどう対応したらいいか、ということを具体的に考える経験自体が、その場面に出会ったときにきっと役立つだろうと感じました。

まさに既成概念にとらわれず、場合によってしっかり考えて理解しようとする、ということです。

また、このワークの場面ではたとえ自分がいいと思った意見を言ったときも、それを「それはボブに『許容されている』と感じさせてしまう」「もっとこう言った方がいいと思う」などメンバーから意見をもらうことができます。つまり実際のコミュニケーションで相手を傷つけることがないか、メンバーからチェックを受けられる、という訳です。


そのほかにも様々なワークショップの手法がガイドブックにまとめられています。そのどれもがコミュニケーションに関する既成概念を上手く崩して、相手にもっと寄り添うコミュニケーションや認識の方法について考えさせてくれます。


〈まとめ〉

講師を務めてくれたのは、FtMのトランスジェンダーの方とレズビアンの女性でした。性的マイノリティの当事者の方の指導やコメントをもらいながらワークショップをするという経験はもちろん初めてで、時に想像していなかったコメントをもらうこともありました。当事者に寄り添うことの難しさを直接感じながらも、当事者たちが作っているワークを経験したことで、何を考えて接すればいいかが少しわかるようになったという自信を持つこともできました。

今まで自分がジェンダーについて考えることは学問の中だったり、ニュースを見たり聞いた話をもとに理想を語るばかりだったなと気づかされました。知識はあるに越したことはないけれど、実際のコミュニケーションの場面に立つと知識は通用せず、相手がどう感じるかを理解することの方が重要になる。自分の既成概念を意識的に壊すことを身に付けて、知識を日常体験に結びつけて初めて、性的マイノリティの方が生きやすい環境が作れるのだと思いました。

このワークショップは大学生だけでなく、小学校での講座、企業研修などでも行っているそうです。年代が違えば感じることも違うでしょうから、何度体験してもいいプログラム。小学校で体験するデンマークの子たちが本当にうらやましいと思いました。

「性的マイノリティについて」学ぶ以前に、「自分の既成概念で相手と接しない」ということを身に付ければ、変に彼らに境界線を張ることも少なくなるでしょう。知識から入ると彼らの特殊性がどうしても強調されてしまい、その人自身を理解することから遠ざかってしまいます。

日本でもLGBTという言葉がようやく浸透してきました。彼らについて知ることはもちろん、彼らを社会に本当の意味で受け入れるためにはどんなコミュニケーションが必要なのか、考えていきたいですね。