わたしが生きたい社会ってどんなだろう?
そのヒントは、北欧にあるかもしれない。

わたしたちが北欧で見たこと、感じたこと、そして、語りたいこと。
大学生たちが現地よりお届けします。

【デンマーク議会総選挙詳説】論点は?政権交代はあるのか?



201965日に4年に1回のデンマーク国会の総選挙が行われます。

すでに実施されたEU議会選挙と合わせて、5月の頭から街中のいたるところに候補者のポスターが張られ、選挙ムードが高まっています。



投票率が高く政権交代が頻繁に起こるというデンマークの選挙事情。

いったい今年はどのような論点で争い、どのような結果が予想されているのでしょうか?

今一番ホットなトピック、総選挙の現状について詳しくご紹介します。日本語記事の中ではどこよりも詳しいこと間違いなしです。


コペンハーゲン市中心部の駅にて。


 

デンマークの選挙システム概要



デンマークは一院制で、この選挙では議会(フォルケティング)の179の議席を巡ってデンマーク本土で大小合わせて13の政党が争っています。

単独過半数を獲得する政党が数十年間誕生していない昨今の状況では、各政党はほとんどが赤ブロック(左派)、青ブロック(右派)のどちらかに所属し、多くの議席を獲得したブロックから政権与党・内閣が組織されることが通常となっています。

2015年の総選挙では、赤ブロックが89議席、青ブロックが90議席を獲得し、僅差で青ブロックの政党が連立政権を担うこととなりました。



この議席のうち、2議席ずつがデンマーク領のグリーンランド・フェロー諸島に分配されています。残りの175の議席のうち、135議席をデンマーク本土の17の選挙区ごとによる比例代表制で分配、残りの40議席を調整議席として、地区や全国での得票数などを考慮して割り当てています。

18歳以上が投票権を有しており、有権者は政党または候補者に投票することができます。デンマークの総選挙では投票率が85.8%(2015年)にものぼります。これは日本の前回の衆議院総選挙(2017年)の53.68%と比べると驚異的な値と言えます。





現在の政党勢力図



青ブロックは政権与党である自由党、右派ポピュリスト政党のデンマーク国民党(DPP)、保守党、自由同盟の4党で構成されています。

与党・自由党から首相が選出されていますが、議席数ではDPPが上回るため、DPPの方針が反映された政策が多く実施されています。

DPPはナショナリズム、反ムスリムをアイデンティティとしており、近年のデンマークの移民に対する厳しさはこの政党の影響が大きいと考えられています。



対する赤ブロックは最大野党の社会民主党、共産党等の赤緑連合、急進左翼党、社会主義人民党(SF)、環境政党のAlternativeで構成されています。

社会民主党は福祉主義の伝統を代表する政党で、赤ブロックが勝利した場合与党となるはずの政党ですが、反移民の方針等のため、ブロック内の複数の政党が不支持を表明しています。



以上が現在議会に議席を持つ政党ですが、そのほかにも現在議席のない政党・個人が4つ選挙に参加する権利を得ています。過激な反ムスリム思想で議論を呼んでいるRasmus Paludanの政党(Hard Line)などが挙げられます。




政権交代はあるのか?


社会民主党候補の選挙活動の様子

デンマークでは比較的大きな政党は存在するものの、単独過半数を獲得するような強力な大政党が存在しません。これはつまり、選挙における固定票が少なく、多くの有権者が政党・政治家の方針や行動を見て投票する政党を変えているということです。よって政権交代も非常に起こりやすくなっています2000年代に入ってからの5回の選挙で3回の政権交代が起こっていることからも、これは明らかです。



では今回の選挙では政権交代は起こるのでしょうか。

結論から言えば、起こる可能性が十分にある状況となっています。



世論調査の結果を見ると、前回躍進したDPPが支持率を大きく下げ、社会民主党が支持率を大きく伸ばしていることがわかります。

赤ブロックが勝利した場合、社会民主党の女性党首Mette Frederiksen氏がデンマーク史上2人目の女性首相となると見込まれています。



そのほかにもブロックや連立政権に関する立場や議論は波乱を呼んでいます。

Hard Lineが議席を獲得した場合に青ブロックに組み込まれることになるのかは、ブロック内でも意見が割れているため不明確なままです。また中道右派の自由党が中道左派の社会民主党と連立政権を発足させる可能性を示唆し、それに対し各政党が支持するか否かの姿勢が大きく異なるなど、連立の駆け引きは難航しているようです。



選挙を読み解く6つの論点


今回の選挙の論点を6つ、コペンハーゲンの新聞社(CPH POST)は報道しています。

その論点は、福祉・税・医療制度改革・移民・教育・環境問題の6つです。

*以下で用いられる政党の略記号:
V=自由党DPP=デンマーク国民党、LA=自由同盟、SD=社会民主党、SF=社会主義人民党、ÅAlternative

選挙ポスターはどこでも掲示OKです



福祉


デンマークはすべての市民権を持つ人々に福祉の需給を認める普遍主義をとっていますが、近年はデンマーク人以外にもその権利を平等に認めるのかということが特に議論されています。

DPPはデンマーク国民のみへの福祉を主張しています。他の青ブロック政党は右派政党の従来の考え方に近く、小さい政府を志向し経済成長を図ることを主張していますが、デンマーク国民も同様に福祉は削減されると主張しており意見が分かれています。

対する赤ブロックではおおまかに市民全体への平等な福祉の提供が主張されています。より踏み込んで、福祉提供を必要としてしまう社会的な不平等の削減(Å, SF)も主張されています。




デンマークは国のGDP44.9%という驚くべき割合が税金として徴収され、福祉として分配されるというシステムをとっています。そのため税金の金額を上げるのか引き下げるのかについては、各党が強く主張をして議論されています。

赤ブロックは税金を福祉国家維持のために非常に重要だという点で同意しており、税金の引き下げを強く主張する政党はありません。所得によって税金の額に差をつけていますが、その金額について差を小さくして平等を追求するべきだ(SD)、高所得者からの徴税率をあげるべきだ(SF)という意見の差があります。

青ブロックでは、減税が主な方針となっていますが、DPPと自由同盟は高所得者の減税をするべきか否かで対立しています。DPPは低所得者への減税を行うことにより、彼らの就業意欲を高めることを主張しています。



医療制度改革


医療制度は脱中心化されるのか。選挙の結果で大きく変わる政策の1つとなっているのがこの分野です。2007年の制度改革で医療制度の地方単位を変えることで、病院数を減らし高機能の病院を設ける中央集権化を進めました。しかしこれが地方の病院不足を招き、待ち時間を長くしたとされており、ここからどのように変革するのかが争点です。

与党・自由党は単位を行政区に基づくものに変更することで地域の設備を増やすことを主張しており、これを目玉政策として掲げています。これに対して最大野党の社会民主党は現在の地域割りを維持したうえで看護師の雇用を増やすことを主張しています。


”There must be a limit” DPPのスローガン。


移民


従来移民に寛容とされる左派政党も反移民政策を掲げているため、赤ブロック・青ブロックいずれが政権を担ったとしても、現状よりさらに移民に不寛容な姿勢が強化され、レイシズム的な政策が進むとみられています。

この移民に強硬な政策は文化の違いから来る懸念やナショナリズムの進行と、ヨーロッパ外からの移民がもたらす経済コストが大きいためだというのが主要な主張です。

赤ブロック内の最大政党・社会民主党が反移民政策を掲げ、反移民政策の旗頭であるDPPから支持されたことで、急進左翼党はこの方針を変えない限り社会民主党の党首を首相に支持しないことを打ち出しました。他の赤ブロック政党も寛容な政策を打ち出しています。

青ブロックも同様に内部で主張が割れています。DPPは強硬に移民の受け入れに反対する姿勢を貫いていますが、現在の与党・自由党は労働者不足を問題に挙げ移民労働力の必要性も主張しています。



教育


現在の政権下で、教育の上限が設定され、その撤廃が議論されています。この上限とは、国内外での最終学歴以下の教育を受ける際の学卒後の年数制限を設けるものです。デンマークがすべての国民に教育を無料で提供するために提供する資金が大きいことの懸念から設定されました。

赤ブロックではすべての政党で上限の撤廃・緩和が主張されており、すべての人々に平等に教育にアクセスする権利があることで合意しています。そのほか、アカデミックな教育のみを重視するのではなく、その教育を仕事に結びつける仕組みづくりの推進(SF)や、職業教育の拡充(SD)、テストの成績でなく創造性を評価すべき(Åなどの主張が各党からなされています。

対する青ブロックは保守党のみが強く上限の維持を主張し、その他の政党は上限の撤廃・緩和を主張しています。



環境


13党のうち11党が環境政策にまつわるプランを提示しており、その内容はガソリン車の販売停止(V)、環境技術の促進(LA)、CO2排出削減の時期目標など多岐にわたり、国民から最も関心のある分野の1つとして挙げられています。(国民の関心の高さは日本とは比べ物にならないと肌で感じます。)

赤ブロック内の社会民主党とAlternative化石燃料の使用量削減の目標が異なるのが大きな争点で、社会民主党は化石燃料の使用量をゼロにすることを2050年までに実現するとしていますが、Alternative2040年を目標に掲げています。



おわりに:デンマークの選挙を見ていて


デンマークの選挙運動は、ポスターの掲示から物の配布まで自由、討論会などのイベントは大学やまちのバーでも行われます。(一方で街頭演説が行われているといった場面には遭遇したことがありません。)自転車で毎日まちを走っていてあれほどまでに選挙活動を見せられては、無関心ではいられないなという感じています。
またデンマーク人の大学生の友人は、Facebookのプロフィール画像に支持政党のデザインを入れ、支持を呼び掛けています。すごく気軽に投票を呼び掛けたり支持を呼び掛けたりできる環境なんだと感じた事例でした。

日本でも選挙カーや街頭演説で誰しもが選挙を感じる場面があるでしょうが、「選挙活動は自分に対して支持を求めているものだ」と身近に感じることは少ないと思います。それに対しデンマークの花や飲み物・お菓子の配布、また目の前での候補者の討論会・座談会といったイベントでは、自分が支持を求められているという当事者意識を感じやすいのではと思いました。

今回の選挙は、前回躍進した右派ポピュリスト政党が支持を減らし、議席の無い小政党が健闘を見せ、ブロック内の対立やブロック間の駆け引き顕著に現れるなど、議論の行く先が最後まで目が離せない状態になっています。日本で正直なところ政治にあまり関心のなかった私ですが、ひとまずデンマークでは選挙の行方をしっかり見守りたいと思います。

最後にこの記事を書いてみて、海外の政治事情や国の重大トピックを知るために、政党の支持率や選挙の争点を見ることは役に立つと感じました。みなさんも関心のある国について知るために"general election"をキーワードに、その国全体をとらえてみてはいかがでしょうか。